IADP第23回年次大会の大会テーマは『自我の力と可能性(The potentiality of the Ego)―心理・教育・医療・看護における展開の鍵』です。 自我の概念は、Freud, S. の初期の業績においても散見されますが、心の主体としての自我が概念化されたのは、二つの世界大戦の間に挟まれたヨーロッパの激動の時代でした。その端緒となったのは抵抗の概念であり、そこからFreudは、それまで自我と呼んでいたものの大部分が無意識的に働いていることに注目しました。自我のひとつの特徴は、心の発達過程において、自我自体の機能も成長し、洗練されていくということです。
現在のわたしたちの臨床現場を省みますと、家族や学校教育、医療領域、産業場面において、心の主体となり人格を育てバランスを取る機能をもつ自我そのものを成長させ、鍛えることの機会があきらかに激減しています。結果や効果を効率的に求める高度情報社会のハイスピード化の波に呑み込まれ、また一見、便利なIT機器によって、待つことのできない、そして言葉を心のうちに留めない刺激と反応の間に主体を欠いたような状況が目立ちます。これが、うつの蔓延と遷延化、いじめや不登校、自傷やストーカーといった子どもや若者を取り巻く問題や、なかなか解消されない職場や人間関係におけるストレスなどのひとつの要因となっています。
しかし、冒頭に述べたように、自我の機能の大部分は無意識的に機能しています。一見、自我が脆弱なため、心の作業を回避するように見えるクライアントが増えています。彼らの心においても自我は無意識的に機能しているかあるいは何らかの刺激があれば機能できる力を眠らせている可能性があります。また、自我脆弱性を前提とする精神病の患者の心においても、薬物療法の助けを借りて自我を脅かす衝動とのバランスがとれれば、自我の力を発揮できる可能性があります。これらのクライアントや患者に潜在する自我の力と可能性をどのように賦活し生かしていくことができるか、そのことを年次大会の3日間で追究していきたいと思います。
今大会では、このテーマと並行して、学会理事企画による『事例研究ワークショップ』も持たれます。日常の臨床実践を研究レベルにまで引き上げていく機会です。事例報告、事例研究の積極的な発表をお待ちしております。
わたしたち臨床家も潜在的に眠らせている自我の力を発揮し、ともに学び、刺激し合える実りある大会としていきましょう。
第23回年次大会 大会会長 能 幸夫
(PAS心理教育研究所 所長)
大会会長プロフィール
神奈川県川崎市出身。
心理療法家(資格:臨床心理士・精神保健福祉士)
【専門】精神分析的心理療法 精神分析的集団精神療法 力動的支持的心理療法 精神病水準の患者の心理療法技法 心理療法訓練
【略歴】
湘南病院 福祉医療相談室 室長
東京心理臨床システムズアプローチ研究所での訓練(5年)修了後、PAS心理教育研究所研究部ディレクターを経て、同研究所所長
【主著】
〈原著論文〉
・対人恐怖を主訴とする青年期女子の初期抵抗の徹底操作過程 ・精神分析的集団精神療法の初期過程に関する臨床研究-抵抗探求アプローチによるグループ導入面接技法構成の精緻化の試み-
・Mechanism of Dynamic Psychotherapy for Manic-Depressive Psychosis. Process of Arousing Sense of Self Aiming Stable Self Identity.
〈その他主要著書・論文〉
・心的安全空間創成の豊かな機会としての集団精神療法-実践事例の力動分析からの検討
・精神病水準のアイデンティティ集団精神療法の実際―統合失調症の機能しているグループ様態の技法的検討
・統合失調症とその近縁患者における否定的感情の受容プロセス-心的安全空間としての心理療法空間とグループ空間の意味- など